256 想像力

子どもが小さいときから常に話していること。

人に対する態度や言おうと思っている言葉。もしその態度、その言葉を自分が受けたらどう思うか、行動に移す前に自分の身に置き換えてみなさい。そうすると全ての争いは少なくなる。

戦争。配偶者。親子。クラスの友達。

もしプーチン大統領が、ロシア軍の銃撃戦で親を亡くした子どもの気持ちを考えることができたら、この痛ましい戦争はとっくに終わっていると信じる。

眼の前の人間にも同じように家族がいて、友達がいて、食べて寝て毎日を過ごす、この世で唯一無二の存在。心無い態度や言葉で傷つける権利はない。

とはいえ、私も修行が足りない。嫌な態度を取る会社の同僚。反抗期の子どもの心無い言葉。思い出したくないのにフラッシュバックする、元夫達の暴挙や私への悪口。

こんな人たちの言動から受けた嫌な感情は、川底の泥のように心に溜まり、流れを悪くする。私から笑顔を奪う人に対しても、笑顔で接しなければならないのか。そんな人にも発言する前に気を使わなければならないのか。

(どうせこの人たちの冷たい心には、私の温かい気持ちは伝わらない。それどころかそこにつけ込んで物事を有利に進めようとさえ思っているに違いない)

未成年の子どもには、死ぬ前に「素敵な人生だった」と思えるような一生を送ってほしい。子どもが尊敬できる人に囲まれて暮らしてほしい。でも人生そんな人ばかりではない。

だから、自分にできることは、せめて自分の言動が相手を傷つけていないかなと少しだけ思いを巡らせること。肉体的な被害が出ているのでなければ(出ているのならすぐ警察や周りの大人に訴えるべき)少しだけ受け手の心情に気持ちを持っていく。それには想像力と経験が必要だけど、できないことではない。人間は考える葦なのだから。

これを綺麗事だという人もいるでしょうが、そんなことを考えていました。

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